小社お取引先である 株式会社精興社さんから、
同社の百周年記念出版物、
『活字の世紀 白井赫太郎と精興社の百年』
をいただきました。
ありがとうございました。

web 精興社


小社とのおつきあいも古く、『校注 古事記』等の教科書や
武蔵野文学』を中心に印刷していただいております。
最近では、横井孝著『源氏物語の風景』も精興社さんで印刷して頂きました。
カバー・表紙・帯から本扉も大変美しく、
また、肝心の本文も精興社さんらしいキレのある仕上がりとなっております。

web 風景



普通、企業の〇〇周年というと社史を編纂しますが、
精興社さんの場合は、百年を彩った人々にスポットを当て、
書籍というスタイルで物語風にまとめられています。

同社の青木宏至社長とは町会などでよくお会いします。
時折、「百周年記念出版物製作で大変だ」と仰っていましたが、
それがこのような形でまとめられたとは、
御関係者の御努力に敬意を表します。

あとがきによれば、著者の田澤拓也氏は小学館ご出身だそうです、
その部署(編集部)は
「一ツ橋の本社から歩いて五分ほどの錦町河岸にあるビルの四階に入居」
していて、
「(編集部に向かうのに)城砦のような精興社ビルの茶色い壁ぞいに歩いた」
とのことです。
この「錦町河岸のビル」の真裏に小社(武蔵野書院)はあります。
なので、青春時代の田澤氏は、ほぼ毎日小社の前を歩いて
一ツ橋の小学館本社と編集部を行き来されていたに違いありません。

さて、本書には、創業者 白井赫太郎(しらいかくたろう)が
いかにして同社を興し、発展隆盛させていったかという過程と、
根底に流れる活字活版印刷に対する情熱、
戦後の復興から赫太郎没後の同社の変遷が描かれる本編が、
当時の人々の証言をもとに構築され、
また、附録として、現在の精興社さんの中核をなすスタッフの座談会、
さらに、白井赫太郎と同社百年の年表で構成されています。

〈目次〉
プロローグ
第一章 赫太郎、起つ
第二章 種字彫刻師
第三章 家郷に帰る
第四章 青梅のプリンス
第五章 天寧寺の一日
第六章 百年もつ本
エピローグ
あとがき
附録一 社員座談会 精興社の百年目─その現状と未来
附録二 年表 白井赫太郎と精興社の百年

精興社さんといえば、なんといっても「精興社書体」が有名ですが、
そのへんが中心にまとめられているのが
第二章 種字彫刻師 です。本書で一番長い74頁がさかれています。

昭和初期、当時の大半の印刷所は、活字を築地活版所など外部から買っていました。
自前の活字を持つのは秀英舎(現・大日本印刷)などごく僅かでした。
赫太郎は「買った活字で印刷したのでは世間なみの印刷しかできない」と考え、「精興社独自の細めの美しいタイプ」を一から作ることを決意します。
また、当時の印刷業界では同じ活字をケースに戻し、二度三度使うのが常態でしたが、赫太郎は「活字の一回使用」を提唱します。口で言うのは簡単ですが、これは想像を絶する難事業なのです。

自前の美しい書体を作るには、腕の良い活字職人の協力が必要です。
そこで、赫太郎が白羽の矢を立てたのが 種字彫刻師の君塚樹石(きみづかじゅせき)でした。
樹石は明治33年生まれ、お祭りの前後一ヶ月は一切仕事をしないという生粋の神田ッ子です。
文久三年生まれの種字職人、石渡栄太郎のもとで修行し、めきめきと腕を上げていきました。
その回想に
「お前は、三〇過ぎたらもうお前の右に出る者はないだろうって親方がそう言っていました。あたしはまたうぬぼれが強くて、きかない気だったから、なあに、そのときは二〇ちょっとだったけれども、いまだってだれにも負けやしねえ、こう思っていましたよ。」(『印刷界』一九六六年三月号)
とあります。
その後、君塚樹石と白井赫太郎の二人三脚の、気の遠くなるような努力で、世に名高い「精興社書体」が誕生します。そして、当時としては大変まれな、「読みやすく、細めで、しかも力強い」独自の活字「精興社書体」で、これまた「活字の一回使用」を実行し、印刷業界や出版界に精興社の名が轟くことになるのです。
この精興社書体と誠実な仕事が評価され、岩波書店は岩波文庫や『漱石全集』をはじめとする、仕事のほとんどを精興社に発注することになり、「岩波といえば精興社、精興社といえば岩波」とまで云われたと言います。

社名
漱石門下四天王のひとり、安倍能成(哲学者・教育者)の手になる社名プレート
安倍は岩波茂雄との交流が深かった

赫太郎の考え方の一端を垣間見ることのできる、
次のようなエピソードが紹介されています(本書226頁より)、

「 地元で白井京染店を経営していた弟の忠治郎は、八〇代半ばの兄赫太郎のおともをして浅草寺に出かけたときの出来事をこう記す。

 中央線で立川から腰を掛け、途中まで来ると、前に若い人が立っている。兄は立ちあがり、「さあ、代わりましょう」というので、若者は兄が降りるのかと思って座った。「若い者はこれから職場へ行って働くのだから代わってあげろ」といわれて私も驚いた。何にしても八〇歳以上の老人でもあるので、周囲の人も変な気持ちでこの光景を見ていたと思う。このような気持ちの兄であった。(白井忠次郎「兄の思い出」)」


第二章を中心に簡単にご紹介しましたが、本書は、単なる一印刷会社の歴史ではなく、日本に於ける活版印刷史の重要な資料ともなりうるでしょう。
残念ながら市場で買い求めることはできませんが、是非一般流通させて欲しいと思います。

『活字の世紀 白井赫太郎と精興社の百年』
平成25年4月8日 第1刷発行
四六判上製カバー装・408頁

著 者:田澤拓也(たざわ たくや)
発行者:青木宏至
発行所:精興社ブックサービス
印 刷:精興社
製 本:牧製本印刷
定 価:非売品

〈著者紹介〉
田澤拓也(たざわ たくや)
一九五二年(昭和二七年)青森県生まれ。早稲田大学法学部・第一文学部卒業。出版社勤務をへて作家に。『空と山のあいだ』(第八回開高健賞)『ムスリム・ニッポン』(第四回21世紀国際ノンフィクション大賞優秀賞)『虚人 寺山修司伝』『百名山の人 深田久弥伝』『無用の達人 山崎方代』など数多くのノンフィクションや人物評伝を著している。近年は『タッチアップ』『外ヶ浜の男』などの小説や、『江戸の名所』『大江戸快人怪人録』など江戸時代に関する著作も次々刊行している。
(同書奥付より)
コメント:
コメント:を投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック:
この記事へのトラックバック: