戦時中、東京は計106回に及ぶ空襲を受けましたが、
その中でも「東京大空襲」と言った場合、
被害甚大だった3月10日の大空襲を指す事が多いです。
神保町は往時から古書が集中していたため、
空襲ポイントから外されたという「伝説」があります。
司馬遼太郎が『街道をゆく』の中で、
「(セルゲイ)エリセーエフ教授はマックアーサー将軍に進言して、
神田神保町を目標から除外するよう忠告したといわれている」
と書いているのがその「伝説」のもとだとか・・・。

私の母親は神保町の生まれで、当時中学1年生。
防空壕の中で、いつ火の手が上がるかとおびえていたそうです。
一昔前は、3月10日になると、町内でこの東京大空襲が話題になり、
町の長老から空襲の時の話しをよく聞かされ、
戦争はぜったいにしてはいけないと耳にたこができるほどでしたが、
最近はお年寄りも一人減り二人減りで、話題にもなりませんし、
新聞他のメディアでも取り上げられるのは稀になってしまいました。
東京堂書店神田本店にて秋の新刊好評発売中!
是非、お手にとってご覧ください!

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岸田吟香『呉淞日記』(うーすんにっき)は、
日本語における言文一致を研究する上で
近代日本語の成立に関わる第一級の資料です。
吟香は、ヘボンが手がけていた『和英語林集成』の編纂を手伝ったり、
ジョセフ・ヒコの元で英語を学び、外国新聞を飜訳した『海外新聞』を
発行したりしています。また、文筆活動の傍ら、眼薬「精錡水」の
販売を手がけるなど、実業家としても有名です。
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山口 豊 編 岸田吟香『呉淞日記』影印と翻刻(武蔵野書院・2010年)
山口 豊 編 岸田吟香『呉淞日記』日本語総索引(武蔵野書院・2012年)

この『呉淞日記』は、第六冊まであることになっていますが、
現存するのは第三之冊・第五之冊・第六之冊のみで、
美咲町にある岸田吟香記念館に保管されています。

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異国の地で一人思う事、日々の生活や彼の考え方、歴史観を
普段使っている言葉を用いて挿絵入りで書き連ねています。

昨日とはうって変わって快晴。
紺碧の空のもと、新緑が輝いています。

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昨晩から今日にかけて、2020年最大の満月が見られます。
画像は8日零時すぎにセガレが撮った「スーパームーン」。
ややいびつなカタチがリアルです。
拡大版もどうぞ、迫力ありますよ♪

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拡大版はコチラからどうぞ