神田すずらん通りの東京堂神田本店さんに、
小社新刊が入荷されました、お近くにお出かけの際は
是非お立ち寄りのうえ、お手にとってご覧ください!

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今日から8月、今朝はからっと晴れて良い天気!
待ちに待った梅雨明けか???

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各学会で行われている
学会会員限定割引オンライン書籍展示はいよいよ明日まで!
久保朝孝 著『紫式部日記論』
和田律子/福家俊幸 編『更級日記 上洛の記千年─東国からの視座
も、もちろん対象です! ご注文お待ちしておりま~す!

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神田錦町プラットフォームスクエア内の「しまゆし」さんでランチ♪
週替わり定食は「牛肉焼き」。旨くてボリューム満点!
ご飯は枝豆しらすゴボウご飯、サイドメニューも充実です。

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『更級日記 上洛の記千年─東国からの視座』が出来上がりました♪
そこで、刊行を記念してポストカードを制作! 三枚ひと組です。
本書をお買い上げいただいた方にプレゼントします。
ただし在庫が無くなり次第終了しますので、お早めに!
https://www.musashinoshoin.co.jp/shoseki/view/2593/

更級日記 上洛の記千年 書影

更級日記 上洛の記千年 絵はがき

絵柄はカバーと同じ、孝標女が薬師仏に一心不乱に祈る場面

本文:いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏を造りて、手洗ひなどして、人間にみそかに入りつつ、「京にとく上げ給ひて、物語の多くさぶらふなる、あるかぎり見せ給へ」と身を捨てて、額をつき祈り申すほどに……
口訳:たいそうもどかしく思うままに、等身の薬師如来を造って、手を洗い身を清め、誰もいない暇に仏間にこもっては「京に早くお上げくださって、多くあると聞いています物語をありったけお見せくださいませ」と、身を捨てて額ずき祈り申し上げているうちに…… 
       〈福家俊幸著『更級日記全注釈』(角川学芸出版・2015年)より〉

太田聴雨─おおた ちょうう─(一八九六~一九五八)
 太田聴雨は、日本美術院を主な舞台に活動した日本画家です。宮城県仙台市に生まれ、14歳で画道に入りました。青樹社などで活動後、一九二七年、日本美術院の画家前田青邨に師事。一九三〇年院展初入選の《浄土変》を皮切りに、《かつらぎのおびと》などの歴史や物語主題、《種痘》《星をみる女性》といった時代性を取り入れた女性像を描いて注目されました。一九三六年、日本美術院同人。
 聴雨の創作の基底には、人間的感情への思慕があります。それは一つに、文学から得た心境を源泉とする浪漫的作品として現れました。修業をやり直すつもりで青邨に師事した聴雨は、小林古径や安田靫彦にも私淑、当時の美術院で主流となっていた線描主体の表現を自身のものとします。日本画の伝統に由来する格調高い描法を得て、聴雨の「有情の画因」は、より精神性の高い絵画へと洗練されていきました。
 本書に使用の《更級日記》は、古画の模写に打ち込んでいた戦中の一作。鮮やかな衣の菅原孝標女を画の中心に置き、その輪郭、衣紋線から面貌、指先まで、鉄線のような端正な線で描かれています。感情を抑制した描法が、画品を生み出すとともに、却って少女の内なる祈りを描出しています。
 戦後、旧来の日本画を否定する風潮が巻き起こる画壇において、聴雨は伝統に培われた画法への愛着と継承の思いを抱きながら、絵画的造形や色彩へも研究を進めていきました。
 一九五一年より東京藝術大学助教授。後進の指導にも励む中、一九五八年62歳で逝去しました。
             解説:宮城県美術館学芸員 菅野仁美(かんの ひとみ)